NO.001 アムステルダムアドミラルズ WR木下典明が直面するプロの壁

“郷に入っては郷に従え”、異国の地で成功している選手が決まって口にする言葉だ。 
当たり前のことのようだが、食事、文化、コミュニケーション(言葉)、すべてが自分のこれまでの環境とはちがう場所で暮らしていくことは容易ではない。 食事や文化については、月日がたてば自然に身についていき順応できるかもしれないが、異国の地でコミュニケーションを図るには、積極的になるという自己改革が不可欠だろう。
 
昨年、日本のカレッジ界で年間最優秀選手(ミルズ杯)に選ばれて、今年、NFLヨーロッパでデビューイヤーを迎える木下典明(アムステルダム・アドミラルズ)も選手やコーチとのコミュニケーションに苦しんでいた。 英語は得意ではないと本人も自認するところであったが、本人が想像していたよりはるかに、コミュニケーションという壁が大きく前にたちはだかっていた。 
 
3月8日、フロリダ州セントピーターズバーグで、今期初めてのコンバインプラクティス(実戦形式の練習)が行われたのは3月8日。全選手が参加するトレーニングキャンプに突入してから、初めてのスクリメージ練習である。 アドミラルズのナショナルプレイヤーとしての出場が期待される木下にとっては、スクリメージ練習はコーチにアピールする絶好のチャンスの場であった。  
  チームが始動してわずか一週間ということもあって、チームはアサイメントミス(戦術を理解しないで起こるミス)を頻発していた。コーチ達も苛立ちを隠しきれなくなっている時に、あるパスプレーで木下がパスのルートを間違って走ってしまったことがあった。 すかさず攻撃コーディネーターのジョン・アレンがそれに気づくや、木下のところに駆け寄って、本場の英語でルートの修正をまくしたててきた。 ほとんどコーチの説明を理解できていなかった木下は、もう一度聞き返す勇気を持てずに仕方なく頷いて、肩を落としながらサイドラインに帰ってきた。 この一件で、木下の戦術的な理解度が足りないとコーチは思ったのか、それとも、やる気がないと感じたのか、木下のスクリメージでの出場機会は以後目に見えて減らされてしまった。 “ホンマ悔しいですわ”サイドラインで木下はぶつぶつ独り言のように不満を露にしていた。



あらゆる手段でアピールした先駆者たち
    
昨シーズンまでNFLヨーロッパで7年活躍した河口正史にトレーニングキャンプの面白いエピソードを聞いたことがある。スクリメージ練習(実践練習)のときに、“俺は戦っているんだ”という姿勢をコーチ達にアピールするためには、敵のチームの選手と喧嘩のような取っ組み合いを故意に仕掛けることもあった、というのだ。 それ位にアピールしないと、当時はコーチが見向きもしてくれなかったと河口選手は言う。 当たり前のことだが、NFLヨーロッパのコーチはみなプロフェッショナルである。 シーズン成績は自分たちのキャリアに直接的な影響を及ぼすのだから、海外から来た選手だけを特別に手取り足取り時間をかけてコーチングしている暇などあるわけがない。したがって“こいつと一緒に戦いたい”とコーチに信頼されるためには、実力はもちろん、自分から積極的にコーチとコミュニケーションをとってどんどんアピールしていくことも生き残りのための術であるはずだ。 
  NFLヨーロッパリーグ4年目を迎える里見恒平選手も、キックオフカバーのたった1プレーで、当時アドミラルズのディフェンスバックコーチだったジェフ・ラインボルトに大きな信頼感を勝ち取った。 “小さな日本人選手が3人の敵のウエッジブロックに向かって突っ込んでいって、それを突き抜けてボールキャリアーをタックルしたんだ”公式記者会見の場で、興奮してそのことを語ったジェフ・ラインボルトは“里見恒平に日本の侍を見た気がした。こいつならチームに貢献してくれる。そう確信した”
 
自分で道を切り開け

英語で会話することばかりがコミュニケーションではない。 日本で練習する時のように声を出して自らを、そしてチームメイトを鼓舞したり、プレーで闘争心を見せたりするのも、立派なコーチへのコミュニケーションである。 いつまでも、コーチに名前を呼んでもらえるのを待っているのではなく、自分から前に出るということだ。

さっきまで、サイドラインで自分がプレーに参加できないことに苛立っていた木下がボソリと聞いてきた。「“僕を出してください”って英語でどう言ったらいいんですか?」 “Let me in, coach”って言ってみたらどうかと答えると、木下は“Yes Sir”(はい、わかりました)と言って、コーチに勇気をもって向かっていった。 その後木下は、いつの間にかほとんどのプレーをファーストチームでプレーするようになっていた。

長くて厳しいトレーニングキャンプを終えて、NFLヨーロッパはいよいよレギュラーシーズンに突入する。 木下にとってもこれからが本番である。 コーチに信頼され、そして、ゲームで納得のいくパフォーマンスが出来るようになるために、木下典明の葛藤はまだ始まったばかりなのだ。


(月刊タッチダウン 2005年5月号掲載記事 http://www.touchdown.co.jp/
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